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高校受験の感覚
以下は2021年10月30日にNoteに投稿したものです。

私は二年生から某塾に所属しており、塾の中でもそれなりに高いレベルの授業を受けていた。
授業中に生徒の士気を鼓舞するためなのか、受験に関する情報をよく話していた。
内容はほとんど覚えていないが、そこまで重要なことなのか当初から疑問に感じていた。

一方学校生活は部活動が終わり、クラス内でも頭のいい部類に入る人々は少しずつ受験生のオーラを醸し出し始めていた。
私は受験に関して特に興味がなかったため、塾から言われたことをやるだけであった。
むしろ友達とだらだら喋ってる方が楽しいし、誰でも勉強なんか放り出したかったはずだ。

夏の記憶も曖昧なある日、三者面談で母と私は学校に向かった。
教室に入ると窓の外は青藍の空に雲が8割を占めていた。
微妙な成績と微妙な雰囲気が針の音と共に流れる。
どこからか黒い鳥が電柱に止まる。
人間のエゴを足かせに動けなくなっている。
「Test君は志望校は決まっているのか?」
そんな声が聞こえた。
真っ白な絵画の価値を説くような口調で「考えてないです」と答えた。
目の前の教師は顔をしかめ、母と話し始めた。
そうこうしているうちに東工大附属(通称:豆腐)の話が挙がった。
東工大など聞いたことすらないが、何となく頭よさそうという理由だけど即決した。

後日、豆腐の説明会へと出向いた。
カリキュラムが特殊ということのみを知り、帰路についた。
この学校は理系の自分に合っているのではないのかと思い、一安心した。
これで志望校を探す必要はないからだ。

その後ほどなくして次は塾で三者面談を行った。
その内容はとてつもなく酷いものであった。
偏差値を見れば早慶を諦めるのが自明であるのに、塾側からの提案は早慶ばかりであり、MARCHなど眼中にない。
公立の欄を見ても当たり前のように県内一である。
このままでは私は彼らの実績としての数字となってしまう。
そんな恐怖を感じた。

二学期の期末試験が終わったある日、家の固定電話が鳴った。
受話器を取ると例の教師の声が聞こえた。
成績がほぼ確定し、推薦が受けられるがどうするかということであった。
コミュ障に面接は難しいと思い、すぐに断った。
今思えば塾に対する抵抗であったのかもしれない。
何はともあれ大きな不安の種が枯れ、精神はとても落ち着いていた。


塾から課される宿題は日に日に量を増し、周りは早慶しか高校を知らない人々で溢れていた。
宿題を消化するために平日は朝早く登校し、土日は図書館に籠っていた。
休日は昼飯をドデカミンで済ませ、実質一日二食だった。
だからこそ、学校の存在は(教師を除いて)必要不可欠であり、心の拠り所としていた。
ブラックジョークを言う頻度も増え、自殺をほのめかすような発言をしたような記憶がある。
そのほとんどは冗談だったが、精神的な疲労はピークに達していた。

年を跨ぎ、ようやく志望校である豆腐の過去問を解き始めて感じた。

とてつもなく簡単なのだ。
簡単と言っても早慶との対比でしかないためあまり参考にはならないが。
ただ、どこから手を付けるべきか、という方針は簡単につくことに感動を覚えた。
ようやく荷が下りたような気分だった。

こうしてご覧の通り無事に豆腐に合格したが、この経験を元に伝えたいことがある。
・上には上がいる。
・人間は利己主義者である。
・志望校決めないで焦る必要はない。
志望校を決めなくてもある程度勉強しとけば後々楽になるのではないか、と思う。

最後に当時使っていたファイルを貼っておく。
上記の経験の証拠として。


よく見たらわかりずらいねこれ

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