ロゴ
以下は2022年4月2日にNoteに投稿したものです。

突然ですが、長年通っていた塾を退会することになりました。
今回はその経緯や現在の心境について書こうと思います。

退塾理由
その塾は小学校の頃から通っており、同学年では最古参とも言えるほどでした。
しかし、授業はペースも遅く、退屈で睡魔に襲われてばかりでした。
興味のそそるような授業をしてくれる講師も少ないながらいましたが、事件を起こしてどこかに消えてしまいました。
中学二年になると、模試の成績順で特定の条件をクリアしていたため、通常クラスと隔離された教室に移動させられました。
そこには私より頭のいい人も多く、まさに井の中の蛙を体感しましたが、それまでの授業と比べて刺激にはなりました。
しかし、偏差値に支配された人間が多いため、この空気にあまり馴染めず、話したことはないどころか、顔や名前すら憶えていないほど交流はありませんでした。
また、特殊な空間を維持するために講師も狂った学歴厨のように圧をかけていました。
隔離クラスの中でも3つの教室に分かれ、上から早慶の中でも上位を目指す教室、その他早慶を目指す教室、MARCHを目指す教室といったものです。
なんとか真ん中のクラスにいましたが、早慶を崇拝し、それ未満を蔑む空気を感じとらずにはいられませんでした。
ただ、それでも偏差値は上がっていったので、今思うと授業自体は悪くはなかったように思います。
高校受験の体験談はこちら

結局、反抗心から早慶MARCHを選択肢から外し、普通科ではない特殊な高校へと進学しました。
コロナの流行により、塾はなんとなくの雰囲気で継続することになりました。
2020年9月にやっと対面で授業を受け始め、隔離されていない普通の教室に通うことになりました。
しかし、対面授業を受けているうちに、あることに気が付きました。
中学生の時に通っていた教室より進行スピードが遅く、あまり身についてないのではないか、ということです。
例えば英語であれば、同じ時間で扱う文章量が昔の2/3程度に減ったように感じました。
これが最も顕著に表れたのが模試の偏差値であり、明らかに減少傾向にありました。

では、なぜ授業のスピードが落ちたのか。
それは、授業に関係ない雑談が多すぎるからだと感じます。
例えば塾の実績のアピールや他塾のネガキャンといったプロパガンダを平気で流してきました。
塾も企業であり、数字を追うものなので多少は仕方ないと思いますが、それが授業の進行を妨げるのは本末転倒としか言いようがありません。
しかも、プロパガンダだけでなく、講師個人のイデオロギーを生徒に熱弁し、職務からも逸脱していました。
これが退塾を決意した大きな理由の一つです。

受話器ごしの説得
退塾させようとする生徒を無理矢理にでも引き戻す体制は知っていたため、両親を経由して退塾する意思を伝えました。
すると、塾から電話がかかってきました。
電話に出ると、相手は塾長でした。
私が退塾理由を含め軽く話すと、塾長は口を開き、こう言いました。
「もしこの塾を辞めたとしても、他の塾に洗脳されることはないように。」
つい数日前までプロパガンダを垂れ流した張本人が今更他塾のプロパガンダを批判する資格はないと思いました。
しかもこれ自体がネガキャンという自己矛盾を目の当たりにし、これ以上話しても不毛だと思い、早々と電話を切りました。

後日、次は別の講師から電話がかかってきました。
理由を伝えた後、この人は自分の言動が退塾の原因ではないのかと心配していました。
しかし、多少鼻に付く言動はあったものの直接的な原因ではなかったため、否定しておきました。
塾長とは異なり、利益を優先するような立場ではなかったため、比較的楽に話せたように思えます。
また、特殊な契約によってすぐに退塾出来ないシステムがあり、その違約金など家計に関しては両親に全て頼っていました。
よって、私が塾と接触する機会はほとんどありませんでした。

直接出向いて
ただ、退塾前に受験した模試の結果のみは私が直接受け取らなければなりませんでした。
今までは電話で話していましたが、直接会うと空気が気まずくなるだけでなく、執拗に引き留められる可能性もあり、決して気分のいいものではありませんでした。
ビルに入りエレベーターに乗ると、緊張から身体が冷えた石のように固まってしまいました。
扉が開くと、そこには2人の講師がいました。
片方はよく授業を受けていましたが、電話中だったため、ジェスチャーでもう片方に指示をしていました。
もう片方は初めて見る顔であり、その人にすぐ近くの教室へと誘導されました。
教室で待たされている間、電話の内容を盗み聞きしていました。
正確にはわかりませんが、退塾しないよう説得していましたように聞こえました。
こうして15分後、顔の知らない講師から模試の結果が渡されました。
いつものように弱点や総合評価をそれとなく言われ、用事はすべて済みました。
どうやら事情を知らないようで、引き戻されることもなく、理想の通りあっけなく終わってしまいました。
7年間の結末にしては面白みに欠けますが、それでもエレベーターの扉は固い幕を降ろしました。

総括
決して通っていたこの塾の全てが悪かったとは思いません。
ただ、立場が上の人間ほど、利益を重視し、本来の仕事を疎かにしている傾向にあると実感しました。
また、決断を下すには遅すぎたように思えます。
冷静に考えれば講師が事件を起こしたり、実績を偽装したりしている時点で足早に去るべきでした。
昔から多少不信感を抱いていたものの、それを無視してまで通い続けた訳は、私の保守的な性格であったと自省せざるを得ません。

この先どうなるかはわかりませんが、決して短くない時間居た場所を手放した結果が良い方向に進むことを願い、日々精進していければと思います。

共有